震災後一年になる少し前、石川啄木の故郷、岩手・盛岡を訪れることがあった。市内の北上川沿いにある渋民公園はまだ雪に覆われていた▼よく晴れた日で、啄木の歌碑ごしに真白い岩手山の堂々たる姿が見えた。世辞にしても、地元の人が「こんなにきれいに見えるのは珍しい」と言ってくれたのがうれしかった。この歌人が、わずか二十六年の生涯を閉じたのは明治四十五年四月十三日。今日で没後百年になる▼その碑に刻まれているのはよく知られたこんな歌。<やはらかに柳あをめる/北上の岸邊(きしべ)目に見ゆ/泣けとごとくに>。目に浮かんでくる、泣きたくなるぐらい懐かしい光景。これに限らず、啄木には、他郷にあって郷里への思いを歌った作が実に多い▼そういう感懐−郷愁は、英語でノスタルジア(nostalgia)。この語が「帰郷+痛み」を意味するギリシャ語に由来するとする英語辞書の解説が、啄木の張り裂けるような望郷の念に重なる。<今日もまた胸に痛みあり。/死ぬならば/ふるさとに行きて死なむと思ふ。>▼想を連ねずにいられぬのは、同じ東北の地、福島で起きた原発事故によって故郷を追われ、今なお戻れずにいる大勢の人たちのこと。そして、それぞれの胸で疼(うず)いているはずの<痛み>…▼政府はそれにあらためて思いを致すべし。バタバタと「原発再稼働」を策すより前に。