駅や飲食店などのトイレには清潔に使ってもらおうと、張り紙がある。ありふれているのは、「きれいに使いましょう」「もう一歩前に」などだろう▼最近、よく見掛けるようになったのは「きれいに使っていただき、ありがとうございます」という表現だ。遠回しだが、汚しちゃいけないと、用を足すにも集中力が高まる気になるから効果はあるのだろう▼「言葉を覚えて一番嬉(うれ)しいのは、直接相手に『ありがとう』と言えるようになったことです」。脳性まひなどの病気を抱え、十三歳の時の気管切開を機に筆談を身に付けた仙台在住の詩人大越桂さん(23)は、詩集『花の冠』にそう書いている▼<小さな小さな種だって/君と一緒に育てれば/大きな大きな花になる>。被災地からの祈りのこもった詩は、野田佳彦首相が国会の所信表明演説に引用した。この詩集にあるのが「ありがとうの行き先」という詩だ▼<ありがとうの行き先は/ありがとうが旅をして/必ずここにもどるとき/みんなと一緒の/幸せがある/ありがとうに/ありがとう>。感謝の気持ちは、巡り巡って戻ってくるような気がする▼夫婦円満の秘訣(ひけつ)は「ありがとう」という言葉だと聞いたことがある。お互いにやってもらって当然と思っているといつか心はすれ違ってくる。照れくさいけれど、婉曲(えんきょく)的にではなく、ありがとうと伝えてみたい。