季節が変わったことを最も肌で感じさせてくれるのは、この時期に吹き荒れる「春一番」だろう。立春と春分の間、南寄りの強い風が吹いて気温がぐんと上がって汗ばむほどになる。怒濤(どとう)のように押し寄せる春を実感する時だ▼<春一番砂ざらざらと家を責め>福田甲子雄。強い風に乗り、サッシのすき間から入ってきた砂のざらっとした廊下の感触も、なんとなく許せる気分になるから不思議だ▼でも、今年は少し寂しい。関東地方では、十二年ぶりに春一番は観測されなかった。寒気の影響が予想外に長引いているためだ。東海地方では、三年続けて吹かなかった。梅の花も約一カ月遅れで今が見ごろを迎えている。厚いコートはまだ手放せそうもない▼少し古いけれど、キャンディーズの「春一番」の軽快なリズムに乗った華やかな歌声が思い浮かんだ。「つくしの子がはずかしげに顔を出します」という歌詞に誘われ、ここ数日、土手や堤を歩いてみた。寒さに震えてまだ顔を出したくないのか、見つけることはできなかった▼<山姥(やまうば)の目敏(さと)く土筆(つくし)見つけたり>沢木欣一。佃(つくだ)煮やあえ物などにして食べることが目当てだったら、目を皿のようにして探し出したかもしれないけれど▼南国の高知からはきのう、全国で一番早い桜の開花の報(しら)せが届いた。そろそろ、寒気も列島の上空に居座り続けるのには飽きた頃だろう。