かつては畑や雑木林が広がる農村だった。電灯もなく、夜は外出するのが怖いほどだった。近くに工業団地ができると、砂利道は舗装されて広くなり、大型トラックが走りだす。畑はつぶされて住宅が増えてきた▼餓死したとみられる一家三人が見つかったさいたま市北区のアパートは、大都市近郊の農村が、工場や住宅地に変貌している地域にある▼六十代の夫婦と三十代の息子の三人暮らし。昨年夏からは家賃のほか、水道料金も滞納。市に住民登録をせず生活保護の申請や相談もしていなかった。働き盛りの息子がいたためか、福祉の網の目からこぼれ落ちてしまった▼昨年暮れ、妻は面識のなかった近所の女性に「夫が倒れて働けなくなった。お金を貸してほしい」と頼みにきた。「大家さんや民生委員に相談したら」とアドバイスされると立ち去ったという▼洗濯物を干すためか、ベランダに置かれたサンダルを見ながら考えた。最初に誰かが倒れた時、残された二人はSOSを外部に伝えるすべはなかったのだろうか。独りぼっちになった人は、生きる気力は残っていなかったのだろうか▼元気な時は、外出する姿を近所の人に見られていたが接点は深まらなかった。緩慢な自殺のようにも見える孤独な死。かつて、ホームレスの人たちを取材していた時に耳にした「無縁地獄」という悲しい言葉がよみがえった。