一九九八年八月、米国の格付け会社が、トヨタ自動車の社債を、最上位から一つ格下げしたことがあった▼理由は、同社が表明していた「終身雇用制の維持」。ロナルド・ドーア氏の本紙コラムでの表現を借りれば、要は、「人員整理の決意が足りない」と格付け会社がみなしたということ。それがいけないと断じたわけである▼時は降(くだ)って二〇一二年。つい一昨日のことだが、日本の格付け会社がトヨタの格付けを、やはり最高位から一つ下げた。今度の理由は「円高への対策が不十分」。つまり国内生産の比率が高いのがいけない、というのである▼いかにも、トヨタは他の自動車メーカーに比べて海外生産比率が低い。あまつさえ、雇用を守るためとして「国内生産三百万台の維持」を掲げてもいる。この円高時代に、不利を承知で国内で踏ん張ってくれている印象がある▼昨年暮れ、豊田章男社長を今年注目の「世界の経営者十二人」に選んだ米紙ウォールストリート・ジャーナルも、記事の中で、そうした同社の姿勢に懐疑を示したものだ。「日本にとって良いことは、トヨタにとって良いことか」と▼だが、おかしくないか。従業員を守ろうとする姿勢が、その会社の欠点とみなされ、雇用を何とも思わない会社だと株価や企業価値が上がるなんて。嗚呼(ああ)、企業が「人間」ではなく「市場(マーケット)」のものになっていく…。