日銀が事実上の「インフレ目標」導入を決めた。だが、物価安定の達成は本来、政府の責任でもある。目標設定を日銀だけに委ねてしまうのではなく、政府が関与する仕組みを真剣に検討すべきだ。
米連邦準備制度理事会(FRB)が一月下旬にインフレ目標の導入を決めた後、日銀は導入にまったく後ろ向きだった。
それが一転、FRBの後を追うようにして導入に踏み切ったのは、国会で批判が高まったからだ。日銀は従来「物価安定の理解」という言い方で1%の数字を挙げていたが、与野党から「分かりにくい」と批判され、日銀法改正の話まで出ていた。
土俵際まで追い込まれ、ようやく重い腰を上げざるを得なくなった格好である。それでも肝心の問題がいくつか残っている。
まず消費者物価上昇率のめどに掲げた「1%」という数字が低すぎる。FRBの目標は2%、ユーロ圏の欧州中央銀行(ECB)は2%未満でその近傍、英国も2%である。なぜかといえば、1%では0%に限りなく近づく可能性が高くなってしまうからだ。それではデフレを脱却できない。日銀も2%を目指すべきだ。
目標を達成する時期、達成できなかった場合の責任についても何も触れていない。貨幣現象であるデフレは金融政策の失敗が最も主要な原因だ。にもかかわらず、日銀は二十年にわたってデフレを克服できていない。
「いつかは達成します」というのでは、白川方明総裁以下の能力評価が難しくなる。達成時期と責任の明確化が不可欠である。
もっと重要なのは目標設定に政府の関与をはっきりさせる点である。今回の経緯を見ても「政治の圧力に屈した」とか「独立性が危うい」といった論調があった。それは日銀の独立性に対する誤解あるいは無知に基づいている。
日銀が独立性を維持すべきなのは政策手段についてであって、政策目標を日銀が勝手に決めていいという話ではない。英国やノルウェーは政府がインフレ目標を決めている。カナダやニュージーランドなどは政府と中央銀行の協議で決める仕組みだ。
物価安定は健全な国民経済の基盤である。そんな大事な話には、民主主義統制の観点から見ても国民が選んだ政府が関与すべきではないか。政府が失敗すれば国民には選挙で交代を求める道がある。だが、日銀が失敗しても責任を問えない現状はおかしい。
この記事を印刷する