地獄でも極楽でも、食卓にはたっぷりのご馳走(ちそう)が用意されている。ただし、どちらの住人も、三尺(約九十センチ)の箸を使って食べなければならない。地獄の住人は、先を争って長い箸で口に入れようとするが、届くはずもなく飢えてやせ細る▼極楽の住人を見れば、長い箸でご馳走をつまみ、向かい合う人の口に、どうぞと食べさせている。お互いに与え合い、楽しく満ち足りた心持ちで暮らしている。「三尺箸」と呼ばれる仏教説話である▼自分のことばかり考えていても、幸福にはなれない。人のために行動することこそ幸せへの近道である。そんな教訓めいた話だ。仏教以外の宗教にも同じような話があるらしい▼この話を思い出したのは、チンパンジーには相手の困っている状況を察して柔軟に手助けする能力が備わっていることを、京都大学霊長類研究所(愛知県犬山市)などのチームが実験で確認した、という本紙記事(七日付朝刊)を読んだからだ▼人間の「利他心」がどう発達したかを知る手掛かりになるらしい。ただ、手助けを求められなかった時は、道具は渡さないという。自発的に手助けするのは、人間だけのようだ▼リーマン・ショックも、長い箸を振り回し、もっと満腹になりたいという強欲さの成れの果てだ。せめて、助けを求める人には、手を差し伸べたい。でなければ、チンパンジーに劣る。