作家の小中陽太郎さんが、テレビ局の控室でタレントの板東英二さんとプロ野球の中継を見ていた時のことだ。バントを失敗した選手を小中さんが、「下手くそ、プロだろ」となじると、板東さんはかばった。「それはちがう、下手じゃない」▼ドラゴンズで活躍した板東さんは、こう問い返したという。「いいですか、プロ野球の選手といえば、小学生で天才といわれ、中学に入ってリトル・リーグ、高校で甲子園、そこで優勝して、二軍に入り、きびしい練習でやっとレギュラーになった。それで失敗した。何故(なぜ)かわかりますか?」▼下手だからと、小中さんが繰り返すと、板東さんは切り返した。「ちがいます、相手も天才だからです」。この答えには、うならされたと小中さんは書いている(『いい話グセで人生は一変する』)▼日本海側の各地で、例年の数倍の大雪が降り、名古屋でも一五センチの積雪になった。列島が寒気に包まれる中、暖かい沖縄や九州などではプロ野球のキャンプが始まった▼天才だけが足を踏み入れられるプロの世界。ドラフト一位でも十年以上活躍する選手はごくわずかだ。飛び抜けた才能がありながら、力を出し切れずに姿を消した選手も数知れない▼他人にはない己の力を見抜き、磨くことのできる選手だけが生き残る。明日のスターを夢見て、無名の天才たちがきょうも泥にまみれる。