歴史に残る名言が、誤解されて伝わっていることはよくある話。一九六四年三月、東京大学の卒業式で有名になった大河内一男学長の「太った豚よりやせたソクラテスになれ」の告辞は、実際には読まれなかった部分だった▼草稿が報道各社に配られていたが、学長はここを読み飛ばしてしまった。なぜか記事からは削除されず、名言として独り歩きを始める▼「満足した豚であるより、不満足な人間であるほうがよい。満足したばかであるより、不満足なソクラテスであるほうがよい」。英国の経済学者J・S・ミルの言葉を通じ、居心地のよい立場に安住せず旺盛な批判精神を持ったリーダーに、という願いがこめられていたのだと思う▼それから約半世紀。東大の浜田純一学長は、秋入学に全面移行する方針を打ち出した。「世界標準」に合わせ、国際的な競争力をつける狙いだ。他の国立大や有力私大からも、賛同の声が上がっている▼利点も欠点もあろう。優秀な留学生を呼び込むには、魅力的になるよう大学が自らを磨かなければならない。日本のトップレベルの学生が、今以上に海外に流出する可能性だってある▼学生が内向きといわれるのは閉塞(へいそく)した社会に原因がある。秋入学は活性化のきっかけになるかもしれないが、過剰な期待はしない。やせたソクラテスを理想像にできた時代が、うらやましくもある。