アラブ人がラクダに荷を積んで、上り坂と下り坂とどちらが好きかと尋ねる話がイソップにある。ラクダは言った。「平らな道はふさがっているのですか」▼機知に富む答えだが、どちらかというなら、歩くにしろ走るにしろ、下り坂の方が楽だろう。ただ、下り坂は時に「落ち目」を意味するのに対し、上り坂には、苦しさを乗り越えた先に何かが待つ前向きなイメージがある▼人生同様、上りも下りもあるのがマラソンだが、この報道には嘆息された方も多かったろう。アテネ五輪金メダリストの野口みずき選手が左太もも裏の炎症で、ロンドン五輪の代表選考レースでもある大阪国際女子マラソンを欠場するという▼左脚付け根の故障で北京五輪を欠場して以来、長く痛みに苦しんだ。何を試しても効なく「暗いトンネルの中にいるようだった」と本人も語ったことがある。このところ、ようやく状態が上向いていただけに故障は残念だが、幸い軽症で、三月十一日の名古屋ウィメンズマラソンに代表入りをかけるという▼以前の本紙記事によれば、野口選手があの痛みを克服し、トンネルを抜け出す契機になったのは「上り坂」の練習だったそうだ。再調整の難しさなど考えれば、彼女が今置かれた状況こそ、まさに「胸突き八丁」だろう▼胸を突かれるような苦しい上り坂。だが、その先には何かが待つと信じたい。