「正心誠意」はどこにいったのか。野田佳彦首相の施政方針演説はさらなる税負担の可能性を隠し、野党に協力を強要する内容だ。正直に語らずに危機感をあおっても、国民の胸には響かない。
昨年九月就任の野田首相にとって初めての施政方針演説。内外の課題にどう取り組むか内閣の基本方針を表明する機会だが、極めて重要なことが抜け落ちていた。
それは、民主党が提唱する「最低保障年金」の創設など年金制度を抜本的に改革した場合、消費税を10%を超えて引き上げる必要があるということだ。
首相が三月末までの法案提出を目指す「社会保障と税の一体改革」では、消費税を二〇一四年四月に8%、一五年十月に10%に引き上げるとしている。
一体改革ならそれ以上の税率引き上げは当面ないと考えるのが普通だが、そうではないらしい。これではだまし討ちではないのか。
さらなる増税が必要なら、なぜ施政方針演説で堂々と訴えないのか。「高福祉高負担」か「低福祉低負担」か、給付と負担の割合をどうするかは制度設計の根幹だ。
名ばかりの一体改革で消費税率引き上げの前例をつくってしまえば、将来の大幅な増税に道が開けると政府が考えるのなら、国民を見くびるなと言いたい。
首相は就任後初の所信表明演説で、幕末の志士、勝海舟の言葉にちなみ「正心誠意」行動すると誓った。国民の声に耳を傾け、自らの心を正し、良心に忠実に、重責を全力で果たすことだそうだ。
二回目の所信表明でもその表現は引き継がれたが、三回目の国会演説となる今回は消えていた。もう良心は捨て去ったのか。
正心誠意は野党に対しても欠けていた。首相は福田康夫、麻生太郎両元首相の施政方針演説を引用して与野党協議に応じるよう自民党に呼び掛けたが、両元首相の在任中、協力を拒んでいたのは当時野党だった民主党ではないのか。
自らの行動に対する心からの反省がなく、政権に就いたら野党は協力するのが当然と言わんばかりの態度では、野党側の心を動かすこともできまい。
高齢化社会の本格到来で、社会保障費が増大する一方、国の借金は一千兆円に膨れ上がった。社会保障と税制の抜本改革が必要という首相の問題意識は共有する。
だからこそ政府は国民に情報を隠さず、あらゆる選択肢を示すべきだ。国民の理解が得られない社会保障制度など長続きはしまい。
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