映画化もされた、T・カポーティの小説『ティファニーで朝食を』のヒロインは、気まぐれで危なっかしいが、魅力的な女性だ▼自由で自分に正直な生き方を象徴するように、彼女の風変わりな名刺にはこうある。<ミス・ホリデー・ゴライトリー、旅行中(トラヴェリング)>。語り手の<僕>に訳を話すには<私が明日どこに住んでいるかなんてわかりっこないでしょう。だから住所のかわりに旅行中って印刷させたの>(村上春樹訳)▼最近、福島県二本松市の新築賃貸マンション内で屋外より高い放射線量が測定された。福島第一原発事故後、同県浪江町で採取された砕石がコンクリートに使われていたのが原因だ。その砕石は道路などにも使われている▼入居者の多くは原発事故に伴う避難者。その浪江町の自宅を追われ、知人宅や避難所などを転々、数カ月後にやっと問題のマンションに落ち着いた家族もあるというからやりきれぬ。逃げても逃げても放射能が追ってくる…。そんな恐怖に苛(さいな)まれておられよう▼また移転を考えざるを得まい。自ら居場所を定めぬミス・ゴライトリーとは違い、泣く泣く移ろう被害者たちだ。<住所のかわりに避難中>と印刷する名刺なんて、むごすぎる▼政府も、コンクリート汚染は無警戒だった。予想外の放射能被害は、まだ隠れているのか。それ自体と同じで、私たちに「見えない」だけで…。