「本当はやったんじゃないのか?」「本当におれじゃないんだ。信じてくれよ。やってない」「逃げ切れないんだから出頭しろよ」「考えさせて…」。一九九五年の警察庁長官銃撃事件から数カ月後、逃走中の平田信容疑者から突然かかってきた電話のやりとりをオウム真理教の元幹部から聞いたことがある▼特別手配されていた他の事件への関与はあっさり認めたが、長官銃撃事件への関与は頑として認めなかった。それ以来、平田容疑者からの連絡は途絶えたという▼年が替わる直前、警視庁に出頭した平田容疑者をかくまっていた元信者の斎藤明美容疑者が自首し、犯人蔵匿容疑で逮捕された。謎に満ちた十七年の潜伏生活の足取りが少しずつ見え始めてきた▼最初は教団の指示で行動を共にしていたが、長く暮らしているうちに男女の間に愛情が生まれた。女が外で働いて生活費を稼ぎ、男は引っ越し以外は、一歩も外に出なかったという▼斎藤容疑者の説明にはそれほどの不自然さは感じられない。「十七年ぶりに本名を名乗った。偽りの人生を終わりにします」。その言葉にも実感がこもっているように思える▼「師を誤るほど不幸なことはなく、被告もまた、不幸かつ不運だった」。元幹部に極刑を宣告した裁判長が、そう語りかけたことがある。都会の片隅に身を潜め続けた二人も不幸で不運な人生だった。