HTTP/1.1 200 OK Date: Fri, 30 Dec 2011 00:57:53 GMT Server: Apache/2 Accept-Ranges: bytes Content-Type: text/html Connection: close Age: 0 東京新聞:震災と日本人 自然と謙虚に向き合う:社説・コラム(TOKYO Web)
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【社説】

震災と日本人 自然と謙虚に向き合う

 “想定外”の言葉が飛び交って、原発事故の責任逃れにも使われた東日本大震災。自然の突きつける冷厳な事実を直視しないと、大災害は繰り返される。

 まず、東北地方沖の太平洋で複数の震源が破壊され、マグニチュード(M)9・0の巨大地震と大津波が襲うとは、研究者、行政からの警告は一切なかった。

 東北、北海道沖では、太平洋プレートが陸側プレートの下に沈み込む。このため過去もプレート境界付近を震源に明治と昭和(一八九六年、一九三三年)の三陸地震津波、十勝沖地震(二〇〇三年)などが起きている。

◆地震研究の“敗北”か

 しかし3・11以前には、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震として八つの地震が個別に予想されたのみ。宮城県沖地震を筆頭に発生の切迫性は指摘されたが、人的被害想定は最大の明治三陸タイプ地震で約二千七百人にとどまる。

 東日本大震災は、事前の想定に基づく防災対策を「机上の空論」に終わらせた。良心的な地震研究者すら、“全くの想定外れ”と認めたのは事実である。今秋、静岡市で開かれた地震学会大会では、「地震学全体の敗北」との発言も聞かれた。

 地震発生の日時、場所、規模を特定した厳密な短期予知はもちろん、長期的な警告でも事前にあれば、防災意識を高め充実した対策が可能なことは当然である。

 駿河湾付近が震源の東海地震は一九七六年までに、石橋克彦・東京大理学部助手(当時、現神戸大名誉教授)らが警告した。

 同湾から日本列島南岸沿いのフィリピン海プレートと陸側プレートの境界(南海トラフ)付近が震源の一連の海溝型地震、東海、東南海、南海地震は過去百〜百五十年周期で発生した。一九四〇年代に東南海、南海は相次いだが、東海のみ一八五四年以後起きていないのが大きな根拠である。

 これは長期的な警告だが、問題は東海地震が予知も可能とされてきたことである。

 周知のように東海地震の予知可能説は、一九四四年十二月の東南海地震直前、静岡県森町−掛川市間の水準測量で往復の標高が食い違ったことに基づく。これを地震の前兆の地殻変動と解釈する。

 伊豆半島−遠州灘沿いに設けたひずみ計など現在の観測網でとらえたデータの異常が増え、東海地震発生の恐れと判定すれば、首相は警戒宣言を発令する。公共交通機関は運行を止め、防災担当機関は非常事態に備える。

◆限界、率直に認めよ

 しかし、土台となる標高の食い違いを測定誤差と疑うなど異論も強い。予知できず地震が不意打ちなら、3・11同様警戒宣言どころではない。タイプは違うが阪神大震災でも警告は一切なく、地震予知への厳しい批判を呼んだ。

 特定の地震が予想不能ならば、現在の地震研究の限界と率直に認めるべきであろう。「敗北」と焦る必要はない。過去の地震や地殻変動の現状をより正確に明らかにすれば、防災に貢献する。

 広く精密な観測網の充実には異論はない。予知可能かどうかにかかわらず、プレート境界付近の地殻変動、陸上や日本列島周辺の活断層の存在と動態究明は、長期的な地震対策に着実に役立つ。

 東日本大震災以後、東海、東南海、南海が同時または続く三連動地震発生の恐れが指摘された。一七〇七年の宝永地震など過去の例に基づく。また海溝型地震では、従来想定されたプレート境界の深部のほか、浅い領域も震源になるとわかった。このため南海トラフの南縁(海溝軸)の浅い部分と日向灘も震源に加わる五連動地震の危険も浮上した。

 国内に起きた地震の歴史的研究も重要さを増している。古文書・古記録など文献から地震の発生、震源、規模、被災地域を推定、過去の地震の姿を鮮明にすれば、海溝型巨大地震の周期や直下型の発生頻度の高い地域を絞れる。

 近年注目されている地層の発掘調査も、文献史料との照合で、歴史時代の地震・津波被害の実態確定に寄与する。3・11で話題になった貞観地震(八六九年)がよい例である。おおいに期待したい。

◆事実がすべてに優先

 福島第一原発の重大事故は、放射能汚染を中心に真の収束には程遠い。この事故で原発安全神話は、まじめな研究者の警告を無視、国、電力会社、一部の学者が作り上げたことが暴露された。

 良心的な地震研究者の成果は、原発の安全神話とは無縁である。しかし、事実が想定を超えたり仮説が反証されたら、それを受け止めて新しいデータの収集や解釈を進め、現状で可能な見通しを示すのが正しい科学のあり方である。破綻した仮説にしがみつけば、新しい神話を生みかねない。

 

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