見目麗しき女性に「昨日どうしてたの?」と聞かれ、「そんな昔のことは覚えていない」…。うろ覚えだが、こんな風ではなかったか▼往年の名画『カサブランカ』でリック役のハンフリー・ボガートが吐く、キザの代名詞のような台詞(せりふ)。そして「明日会える?」には、確かこう。「そんな先のことは分からない」▼そう思えば、「四十年後」とは、また途方もなく<先のこと>ではないか。政府と東電が、最近、発表した工程表によれば、福島第一原発の廃炉が完了するまでには、最長でそれほどの時間がかかりそうだという▼夏季五輪やサッカーW杯ならば十回分、二十年に一度の伊勢神宮の遷宮で数えても二回分に当たる。呱呱(ここ)の声を上げた赤ちゃんが、不惑の中年になってしまうほどの時間だ。哲学者の内山節さんが以前、本紙に書いていた言葉を思い起こす。<ひとたび事故が起きれば、原発は未来の時間を破壊してしまう>▼あの事故に戦(おのの)いた国民のうち、廃炉完了のニュースを目の黒いうちに見られる人は一体どれほどいるのだろう。平均寿命から考えると、嗚呼(ああ)、筆者は恐らく無理▼しかも、その工程も、必要な装置開発などが思惑通り進めば、という前提付き。四十年後、現場は更地になっている? そう記者に聞かれた原発担当相はまるでリックのように答えたそうだ。「現時点でそれを言うのは難しい」