寒風が吹きすさぶ夜、鍋料理店の軒先に吊(つる)してあるアンコウに誘われ、店に飛び込む。このグロテスクな深海魚は身がぐにゃぐにゃして扱いにくい。口にカギを引っかけ、ぶら下げて包丁でさばく▼<鮟鱇(あんこう)の吊し切とはいたましや>鈴木真砂女。江戸川柳にも<あんこうは唇ばかり残るなり>とあるように、皮も肝もひれも残らず食べられる。肝を溶かしたみそ仕立てにして、季節の野菜や豆腐と一緒に鍋にすると体がぽかぽか温まる▼関東で有名なのは茨城県北茨城市だ。今の時季になると、あんこう鍋を目当てに観光客がやって来るが、今年は旅館も民宿も宿泊客は激減し、閑古鳥が鳴いているという▼美しく豊饒(ほうじょう)な海は、原発事故で汚された。海の底に生息する魚は放射性物質の影響を受けやすいといわれ、暫定規制値以下とはいえ、茨城のアンコウからも放射性セシウムが検出された▼震災まで予約でいっぱいだったのに、客足が途絶えた料理店の主人に先月、話を聞いた。震災で自宅は半壊、四隻の漁船も使えなくなった。月百万円の赤字だ。放射能との闘いは終わりが見えない。「除染が必要なのは分かるよ。でもな、汚染された水が最後に流れ込むのは海なんだよ」▼<鮟鱇武者>とは、大言壮語をするくせに臆病な者をあざける言葉だ。現場の原発作業員たちをも怒らせた「収束宣言」をした人たちに似合う。