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昆虫記で知られるファーブルは『植物記』も書いている。切り倒された栗の木と会話をするくだりがあって、こんなふうに木が言う。「私は70歳になりますが、まだ5、600年は生きるつもりでした。忌まわしい斧(おの)さえなければ」。そして、樹皮からどっと涙を流した(平凡社刊、日高敏隆・林瑞枝訳から)▼むろんファーブルの想像だが、樹木はおのれの姿をもって、人に何かを語ることがある。岩手県陸前高田市の奇跡の一本松も、あの日以来、声なき言葉を多くの胸に届かせてきた▼樹齢270年というから、芽を出したのは徳川の8代将軍吉宗のころだ。忌まわしい波さえなければ、と涙しただろうか。白砂青松の仲間7万本は倒れ、望みもしなかったろうに、日本一有名な木になった▼4月ごろはまだ青々としていた。しかし海水で根が腐って立ち枯れていった。そして先ごろ、蘇生が断念された。O・ヘンリーの名短編「最後の一葉」ならぬ「最後の一木」として、被災地を励ましつつ力尽きていく▼まど・みちおさんの「木」という詩が、ふと重なる。〈木が そこに立っているのは/それは木が/空にかきつづけている/きょうの日記です/あの太陽にむかって……一日(いちじつ)一ときの休みなく〉。震災このかた、空に書かれる日記を人は読んできた▼枯死はつらいが命はつながる。一本松の松ぼっくりの種子から18本の苗が育っている。日記を書くのは遠い先だが、光を見る。親のように勁(つよ)くあれと、若い命に願いながら。