HTTP/1.1 200 OK Date: Thu, 24 Nov 2011 22:21:05 GMT Server: Apache/2 Accept-Ranges: bytes Content-Type: text/html Connection: close Age: 0 東京新聞:畦道に座って考える 赤トンボの村守るには:社説・コラム(TOKYO Web)
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【社説】

畦道に座って考える 赤トンボの村守るには

 刈り入れが終わり、稲わらが積まれた田んぼの情景は、秋の盛りだ。水田は日本の環境も守ってきた。美しい農村を守るにはどうしたらいいのか。

 「私の田んぼでは稲株三株当たりで、一匹の赤トンボが生まれています。稲三株とは、ちょうどお茶わん一杯のご飯に当たります。日本の赤トンボの99%は田んぼで生まれるのです」

 福岡県糸島市の農業宇根豊さん(61)は、田んぼの持つ環境面の機能について語った。かつてNPO法人「農と自然の研究所」を設立し、十年間にわたり、生きもの調査に携わっていた人だ。

◆田畑の多様な生態系

 海から山に向かった斜面にある田んぼの畦(あぜ)道に、稲わらを敷いて、腰を下ろした。稲刈りは既に終えて、そろそろ大豆の収穫や麦まきの準備の季節だと聞いた。

 「一人が一年間で食べるご飯で守れる生きものは、アキアカネ二百七十五匹、アマガエル十二匹、メダカ十匹になります。絶滅危惧種の三分の一は、田畑の生きものなのです。米国の農地は実に貧弱で、日本の農地は米国の百倍もの生態系を保持しています」

 全国の田んぼに生息する生物は、五千六百六十八種にものぼるという。「非経済」の価値と呼んでよかろう。田んぼは食だけでなく、生物や水質浄化、洪水防止、景観保全など多様な機能を持っているのだ。

 環太平洋連携協定(TPP)の議論が盛んだが、佐賀県唐津市に住む農民作家山下惣一さん(75)は反対の立場だ。「TPPへ参加すれば、日本人は農なき国の食なき民になってしまう」と恐れる。

 「懸念されるのが、グローバル資本による食料の寡占です。実際に牛肉の場合なら、米国などの数社で世界を押さえています。外国法人が自由に農業ができるようになれば、日本の家族農業は成り立たず、『村』がなくなってしまうのではないでしょうか」

◆食料危機は宿命か

 確かに村は水路整備や畦道の草刈りなどで、多くの農民が助け合うことで成り立つ共同体である。

 山下さんは「食の国家主権がなくなる」という表現もする。「寡占化とは生殺与奪権を握られてしまうことです。人が飢えても、バイオエタノールの方が儲(もう)かるとなれば、そちらに穀物を回しかねません」

 農村の共同体が崩壊していく危機感は、TPP論議の前から募っていた。農業従事者の平均年齢は六十六歳と高齢化が進み、兼業農家率は70%を超えた。

 新しい担い手不足もあり、現状のままの農業が成り立つか疑問があったからだ。赤トンボの舞う農村を滅ぼしていいのか、国民が支える仕組みをどうつくるべきなのか、農業は苦悩の歳月を刻み続けてきた。

 その一方で、土地を集約し、共同で生産・販売する農業生産法人が着実に育っている。こうした動きなどを支える国の政策や国民の合意抜きに、TPP賛成・反対のみに論議が終始していては、農業の停滞と衰退は止まらない。

 世界人口は七十億人を突破し、二〇四五年には九十億人と予測される。中国やインドなど人口大国の食卓が欧米化すると、深刻な穀物不足になりうる。食料危機は二十一世紀の宿命かもしれない。

 約一億二千七百万人の人口を養わねばならない日本の食はどうあるべきか、今こそ長期の視座を持って、真剣に問い直すときだろう。

 米国のブッシュ前大統領はこんな演説をしたことがある。

 《食料自給できない国を想像できるか。それは国際的な圧力と危険にさらされている国だ》

 輸入に頼る経済力がある現在は、日本が海外に農場を持っていると考えることもできるが、肝心の経済力は永久的とは限らない。「国際的な圧力」とも「危険」とも、まさに隣り合わせといえる。

 この観点からも主食用のコメの自給は貴重な存在だ。TPP交渉に入る際には、コメなどを例外扱いする強い交渉力が求められる。米国やカナダには乳製品などを例外としたい思惑があるようだ。

 そもそも農業は市場や経済の原則だけに左右される性質の分野ではない。稲穂が日本の象徴であるように、主力の農産物は国の歴史や人の英知を反映してきた。

◆バードなら憂う田園

 明治初期に東北から北海道を旅行した英国人女性イザベラ・バードは「日本奥地紀行」を著し、美しい田園を讃(たた)え、こう書いた。

 《草ぼうぼうの『なまけ者の畑』は、日本に存在しない》

 全国の農村に見られる耕作放棄地という「草ぼうぼう」をいったい誰がつくったのか。

 TPPという試練が来ている。今後の農政のありようを消費者も根本から考える機会である。

 

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