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声のマスゲームとでもいうのか、統制された5万人が絞り出す大音声に圧倒された。君が代の演奏をかき消す「完全アウェー」の洗礼である。サッカーW杯の日本代表が、22年ぶりに平壌で北朝鮮と相まみえた▼満員の金日成(キム・イルソン)競技場は、赤くうねる人民の海。日本から駆けつけた150人の青い小船は、凍えたように動かない。途中から数で優位となった選手たちも、慣れぬ人工芝と異様な雰囲気に戸惑ったか、ザッケローニ監督の無敗神話が崩れた▼選ばれし民が暮らす平壌でも、観戦できるのは特権階級と聞く。観衆が大写しになるたび、ある女性の面影がよぎった。少女期までの写真はいくつも見た。長じて後(のち)は、優しい微笑(ほほえ)みしか知らない。47歳の顔は風雪の跡をとどめ、愁いに包まれていようか▼きのうは、34年前に横田めぐみさんが拉致された日である。北朝鮮側は29歳で自殺したと言うが、先方の不誠実を裏づける生存情報、目撃証言が伝えられている。日本政府はあらゆるルートで再説明を求める時だ▼観戦ツアーの日本人が味わった短い不自由の、何万倍もの孤独と疎外。国交がなく、政府間で話ができない国はそれほど遠いのに、2時間もの生中継はこんなに近い。拉致被害者のご家族は、歯がゆく見ただろう▼北国から、平年より遅い初雪の便りが続いている。同じシベリア気団に覆われる平壌の冬はひときわ厳しいそうだ。せめて、暖かい高層アパートの一室にいるその人を想像したい。遠いご両親を思う姿を。