十年前、大腸がんの手術を受けるために入院していた時、乱読した中に故・吉村昭さんの小説『光る壁画』があった。世界で初めて胃カメラを開発した男たちの物語だ▼十四ミリののどを通す管、わずか五ミリの大きさのランプ、五、六ミリの細いフィルム、フィルムを引き上げるひもに三味線の糸…。失敗を乗り越え、試作機をつくったのが日本企業だったことを知り、ベッドの上で勇気づけられた▼東大付属病院分院の外科医、宇治達郎氏とともに、初めて胃カメラを世に出したのは、オリンパス光学工業(当時)の杉浦睦夫、深海正治という二人の技師だった。改良に改良を重ね、ファイバースコープに至った内視鏡は、現代医療に欠かせない装置になった▼時代を先取りした技術力によって、内視鏡分野のシェアで世界の七割を占めるオリンパスで、粉飾決算の疑いが浮上した。一九九〇年代から有価証券投資などの損失を隠し、企業を買収した際の巨額資金は、損失の穴埋めに利用された可能性が高い▼解任された英国人元社長の告発に、「適正で問題はなかった」と大見えを切っていたが、第三者委員会の調査であっけなく崩れ去った。上場が廃止される可能性もあるという▼『光る壁画』はこの秋、テレビドラマとして放映されたばかりだった。長年、投資家を欺き、栄光に泥を塗った旧経営陣の罪はあまりに重い。