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戦後初の大ベストセラーは、終戦1カ月後に出た『日米会話手帳』である。誠文堂新光社を興した小川菊松の早業だった。旅先で敗戦を知り、悔し涙にくれつつ、企画がひらめいたそうだ▼社員による32ページの原稿を、焼け残った大日本印刷に持ち込んだ。必要は発明の母。進駐軍がいる全国から注文が殺到し、360万部売れた。「考えたことを早く実行に移す……場当(あた)りの出版においては欠くことのできぬ要素なのである」と『日本出版界のあゆみ』で顧みている▼小川によると、その秋から民主主義や敗戦を論じる本が出始め、「印刷したものなら何でも売れる時代」が到来する。都市の読書家の蔵書は空襲に焼かれていた。文字文化への飢餓感が、出版界の再スタートを支えたといえる▼出版不況の今でも文字情報は健在だ。電子書籍にケータイ小説、ネットにあふれる種々の自己主張も文字に頼る。文字の運び手が紙から画面になったにすぎない。これで活字世界にとどまる若者もいよう▼画面で読み慣れてくると、紙の本をページごとに切り離し、画像読み取り機で自ら電子化するようになる。「自炊」と称する手法だ。自炊を代行する商売も盛んで、海賊版の横行を危ぶむ出版社、作家との摩擦が激しくなってきた▼代行商売の人気は、電子書籍の品ぞろえが薄いのも一因という。古い出版人は、本が売れすぎて紙不足になった戦後が恋しかろう。自炊の料理でもつつきながら、紙ばなれの吉凶を論じる文化の日も悪くない。