こんな表現を目にすると、詩人の感性の豊かさに脱帽するしかない。<千手観音が手の先に千人の赤子を生んだとしたら こんなふうかもしれないと思われる姿です>(『夥(おびただ)しい数の』)。鈴なりの柿を見た吉野弘さんの描写だ▼その通りの光景を福島県伊達市で見た。柿が重さで地面にくっつきそうになっている。遠くから見ると、「柿畑」は紅葉のようだが、特産のあんぽ柿の生産準備に大わらわのはずの農家の人たちの表情は暗い▼福島第一原発事故で、柿の実の放射性物質の濃度が、干すことによって何倍も増すことが予想され、県は伊達市などに生産自粛を要請したからだ▼渋柿を硫黄でいぶして、一カ月ほど乾燥させる独特の干し柿は、半生のような柔らかい食感と濃厚な甘みが特徴だ。冬場の地場経済を支える貴重な果実である。柿だけで収入が一千万円を超える農家もあるという▼ブランド力を守るために、今年の自粛は仕方がないと農家はあきらめ顔だ。東京電力がどこまで補償してくれるのか、来年は出荷を再開できるのだろうか…。不安の声を多く聞いた▼<能(あた)う限り奪って自立しようとする柿の実の重さが 限りなく与えようとして痩せた柿の木を撓(たわ)ませています 晩秋の 赤味を帯びた午後の陽差(ひざ)しに染められて>。今年は豊作だった。捨てるために熟した柿をもぎとることほど、虚(むな)しい作業はない。