落語の世界では、“渋ちん”な旦那がよく登場するが、噺(はなし)の中ではけちな人を悪く言っても構わないそうだ。わざわざ金を出して寄席に来るお客にケチな人がいるはずがない、というオチだ▼けちな旦那と言えば、「乗っ取り屋」として知られる元東洋郵船社長の横井英樹氏の顔が浮かぶ。死者三十三人を出したホテルニュージャパンの火災では、スプリンクラーを設置しないなど、安全性を軽視して費用を徹底的に削った横井氏の姿勢が大惨事につながった▼昔、ある経済事件の取材で東京・芝の増上寺に火災の法要に来ていた横井氏に先輩と話を聞いたことがある。紳士的な対応で、甘酒までごちそうしてくれた。後で請求書が来るかと思ったが杞憂(きゆう)だった▼その横井氏が一九六〇年代に全国各地に展開したのがボウリング場だ。「世界最大」という看板が誇らしげだった巨大なボウリング場が、東京都大田区の国道1号沿いにそびえ立っていたのを覚えている人も多いだろう▼最盛期は五百を超えるレーンがあったが、三年前には全館が閉鎖され廃虚のような外観をさらしていた。駐車場が殺人事件の現場にもなった建物は、今年になって解体された▼仕手戦や乗っ取りで名をはせた横井氏は十三年前、真の実業家になれずに八十五年の生涯を終える。虚飾に満ちた人生を象徴したようなボウリング場もついに消滅した。