五十年に一度といわれるタイの洪水で、現地に進出する自動車など日系企業四百社が被災、操業停止に追い込まれた。生産の海外シフトが進む中、危機管理の在り方をあらためて見直す機会だ。
現地では、自動車部品メーカーの多くが被災してサプライチェーン(部品の調達・供給網)が寸断され、日系自動車メーカー八社が四輪工場を停止。中でもホンダは自社工場が浸水し、再開のめどは立っていない。デジタル一眼カメラの生産拠点のあるソニーやニコンの工場も浸水するなど被害は拡大するばかりだ。
天災によるサプライチェーンの寸断、生産停止は、三月の東日本大震災が自動車産業に与えた大打撃を想起させる。半導体部品を一社に頼る各社は、部品不足で大幅な減産を余儀なくされ、トヨタ自動車では正常化に半年かかった。
タイでの生産台数は八社合計で年間約百六十万台。各社にとって米国、中国に次ぐ海外の一大生産拠点になっている。トヨタは六十五万台で、規模は同社の生産全体の8%程度だが、東南アジア向けの輸出基地として重要な役割を担う。年産二十万台超のホンダや日産自動車も同様で、日産は主力の小型車「マーチ」を生産、日本へ逆輸入もしている。洪水被害で東南アジア向け販売への影響は避けられず、各社が目指す震災後のV字回復に水を差す懸念もある。
タイは、米国の自動車産業集積地をなぞって「アジアのデトロイト」をスローガンに掲げ、海外企業の誘致を強化してきた。新規立地企業の法人税免除や、環境対応車「エコカー」に対する物品税の減税措置などの投資優遇策に乗って日本メーカーが進出。東南アジア諸国連合(ASEAN)域内で関税がかからないことや、インフラ整備の充実、安い人件費、勤勉な国民性も背景に拡大した。
経済のグローバル化の進展に合わせ、企業は効率化やコスト削減を念頭に海外展開してきた。今回の洪水は、円高の進行で一段と生産の海外シフトを強める企業に冷や水を浴びせた形だ。効率化とリスク分散は相反する面があり難しい命題だが、一極集中のリスクは震災で経験済み。
もちろん各社は危機対応を講じてきたが、想定外の震災に続く天災を機に、地理的な条件も含めて海外での危機管理について練り直してみてはどうだろう。政府も産業政策全体の問題として、被災企業への復旧費用融資など支援策を講じてほしい。
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