HTTP/1.0 200 OK Server: Apache/2 Content-Length: 14666 Content-Type: text/html ETag: "95a9d7-33df-f59ec700" Cache-Control: max-age=5 Expires: Wed, 19 Oct 2011 22:21:32 GMT Date: Wed, 19 Oct 2011 22:21:27 GMT Connection: close
Astandなら過去の朝日新聞天声人語が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
小紙に連載されて人気を博した井上靖の小説「氷壁」は最後に主人公が山で落命する。主人公に目をかけていた上司が社員を前に悼辞を述べる。思わず口をついて出た「ばかめが!」の一語で締めくくるくだりは印象深い場面だ▼作中で井上は、この一語を吐いた上司の内面を練達の筆で描く。哀惜と喪失感、憤りがせめぎあう。せんだっても小欄に書いたが、「ばか」の持つニュアンスの幅はずいぶんと広い▼平野復興相が公の場で、津波被害について「私の高校の同級生みたいに逃げなかったばかなやつがいる。彼は亡くなりましたけど」と語ったそうだ。これも辞書そのままの意味ではなかろう。だが問題になり謝罪した。言葉をめぐる空気が、どうも息苦しい▼扱いが難しい言葉だけに、発言に逸脱感はあるにせよ、事例を調べる必要を述べた前後の文脈はまっとうだ。自民党幹部の言う「許されない」ようなものだろうか。むしろそうした反応に「やれやれ」の感がある▼言葉の切っ先は、ときに人を傷つける。無神経は論外だが、心地良い言葉を並べてことが済むものでもない。現実を見すえ、問い、答える言葉がリアリティーや闊達(かったつ)を欠けば、本日召集の国会論議も深まるまい▼思い起こせば、味わい深く人を「ばか」呼ばわりする達人はフーテンの寅さんだった。その寅さんにも「それを言っちゃあおしまいよ」の決めぜりふがあった。おしまいにはせぬ節度を保ちつつ、震災後を語り合う言葉の自由度を広く取りたい。