五十年間、夜の銀座で働いてきた名店長が先月、静かに職場を去った。浮き沈みの激しいこの世界で、激減した客を知恵を絞って取り戻したキャバレー「白いばら」の山崎征一郎さん(69)だ▼「あなたのお国言葉でお話ができます あなたの郷里の娘を呼んでやって下さい」。店の外の看板には、出身地ごとのホステスの名札が日本地図にかけられている▼二十数年前に警察署回りをしていたころから、ずっと気になっていたこの店に初めて足を踏み入れた。笑顔で迎えてくれたのが退職を前にした山崎さんだった▼きらびやかなダンスショーに目を奪われる。席につく女性たちは、どことなく素人っぽい感じもする。それもそのはず、昼間は会社勤めで好きな時間帯だけ働く人も多いそうだ。金曜日には百三十人がフロアに出る▼団塊の世代に支持された一九七五年ごろの全盛期、超満員の日々が続いたが、バブル崩壊後は苦境に陥った。料金プランを見直すなどの知恵を出し客が戻ってきた。懐かしい「昭和の薫り」が評判になり女性客も多い。「どうすれば店の歴史を守れるのか、必死でした」。気付けば競争相手は消えていた▼店長を三十年間務めた山崎さんは、口にできないようなトラブルをいくつも解決してきた。「私の顔は自分がつくった顔じゃないんです」。長い歳月が刻まれた顔はやはり温和で優しかった。