感情をコントロールする心理技術に、色の付いた粘土を投げる手法がある。赤は怒り、緑は愛情を意味する。高校一年の男の子は山の中に立てた鉄板に赤い粘土の玉を投げ付け「津波のバカ野郎」と叫んだ▼母親と妹を津波で亡くした男の子は、緑の粘土を投げる時、こう言った。「お母さん今までありがとう」。その場にいたみんなが泣いたという▼被災地のど真ん中にある東北国際クリニック(宮城県名取市)の精神科医桑山紀彦さん(48)は今、被災者の心のケアに全力を傾けている。冒頭のワークキャンプもその一環だ▼つらい記憶を無意識に心の底に押し込めると、記憶の一部が欠けてしまう。日本記者クラブで会見した桑山さんは「僕たちのケアは、埋もれた記憶を取り戻すためにやっているといっても過言ではありません」と語っていた▼完成した物語を語ると、心が解放される。語る相手は専門家でなくてよい。「だれもがよい聞き手になります。聞かせてくださいという気持ちを持つだけで、十分心のケアは進みます。それは優しい社会をつくることとイコールだと思うのです」▼桑山さんは若いころから、海外の紛争地や被災地で支援活動を続けてきた。多くの被災者に寄り添った人だから言える言葉が強く印象に残った。「外国と比べて、日本には語る土壌がない。だからこそ、心のケアが必要なのです」