大震災の全国への避難者は減ったとはいえ今も八万人を超える。児童精神科医の有志らが、各地での子どもの心のケアを学校と連携する試みを広げようとしている。学校側も前向きに応じてほしい。
両親を津波で亡くした福島県内の十代の少年が、関西地方の親戚宅へ避難した。ある日、家の一室に閉じこもり自傷行為を始めた。連絡を受けた精神科医は、すぐ連れて来るよう指示した。だが少年は親戚の目を盗んで逃げ出し、東海地方の一都市で保護された。
少年は福島の別の親戚の元へ戻され、その直後、両親の遺骨を抱いて海へ身を投げた。「あの時どうすればよかったか。今も私の頭の中は、ぐるぐる渦巻いている」と精神科医は話した。
名古屋市内で今夏、愛知精神神経科診療所協会が学校関係者向けに開いた緊急講演会。講演した医師の衝撃的な報告に、約二百人の参加者は静まり返った。
子どもたちの心のケアについて愛知県の児童精神科医たちは、以前から学校との連携を模索していた。大災害の影響は長く続く。中でもトラウマ(心的外傷)の支援は長期戦だ。いつか起きるはずの東海地震への対策も念頭にある。
精神科医は医療の専門家だ。だが子どもを見ることにかけては、ふだんから接している担任や養護教諭らの方が心の微妙な変化を的確に見分けられると考えた。専門性におごらぬ妥当な判断である。
より身近な存在に親がいるが、災害時は親も被災者であり、大きな痛みを抱えている。
今回の大震災発生後、愛精診は▽愛知に避難してきた子どもの心のケアへの対応▽トラウマについて解説した独自のリーフレットを県内の小中高校などに配る▽気になる子を学校から精神科医に紹介できるシステム構築−などを進めて学校との連携を図ってきた。日本精神神経科診療所協会を通じ、その試みを今後全国に広げる点も評価したい。関係者には広く、よく知ってほしいことである。
ただ連携の呼び掛けの過程で学校の閉鎖性が壁に。「校長会の了承など周知に苦労した」と、ある医師が嘆いた教育界独特の手続きの複雑さ。普通の子でも転校は精神的な負担になる。被災した子は言葉や習慣の違い、経済的困窮など抱える重荷は桁違いだ。避難し、やむなく転校してきた立場を思いやり、子どもの変化が読み取れる場として、学校も連携に前向きであってほしい。
この記事を印刷する