雨森(あめのもり)芳洲(ほうしゅう)といえば、対馬藩に仕え、朝鮮通信使の応接を担った江戸中期の儒学者である。『交隣提醒』では、外交の心得として「誠信の交(まじわ)り」を提唱し、こう解説している。<誠信と申し候(そうろう)は、実意と申す事にて、互(たがい)に不欺(あざむかず)不争(あらそわず)、真実を以(もっ)て交り候を、誠信とは申し候>▼尖閣諸島で中国漁船と海上保安庁の巡視船が衝突した事件から昨日で一年。それで、ふと芳洲の言葉を思い出した次第。とにかく、あの時は、政府の右往左往ぶりも、中国側の激高ぶりもひどかった▼結局は、送検した船長の釈放に追い込まれて日本は面目を失し、中国も頑(かたく)なな強硬姿勢で国際社会の「脅威論」に油を注ぐ羽目に。大ごとにすれば、どちらも損は明白なのに、それを防げなかった▼芳洲が言う<実意><真実>を「本音」と読み替えるなら「誠信の交り」にはほど遠い。ことがあっても「この辺で収拾しよう」と本音を言い合える関係。それが双方の外交当局にないということに一番、失望した▼もっとも、自民党政権時代には、両国間に、ああした事例を処理するための“暗黙のルール”があったらしい。ところが居丈高な「政治主導」に辟易(へきえき)した官僚が、それを民主党政権の閣僚に教えず、結果、黙約を破ることになったのだとか▼もし事実なら外交以前の話。そもそも、国の内の交わりに<実意><真実>がなかったのだから…。