河北新報の歌壇に、二人の選者が選んだ短歌が掲載されていた。<流されし田畑を知らず草取りに行くとせがみぬ痴呆(ちほう)の妻は>(宮城県山元町 島田啓三郎)。大地とともに生きてきた老夫婦の姿が目に浮かんだ▼偶然、この歌を目にした日に、壊滅的な被害を受けた山元町の被災現場を歩いていると、案山子(かかし)が二つ立っているのが目に入ってきた。驚くことに、波しぶきが見える海のすぐ近くで、農作業している人がいる▼近づいていくと、ナスがたわわに実をつけていて、またびっくり。サツマイモや玉ネギ、ウリ、落花生、トマト、キュウリ、稲だってある。極め付きは、直径三十センチはあるスイカの玉がいくつも…▼塩が入った畑では作物は育たない。そんな常識を覆したのは、八十一歳の島田彦一さん。海の近くにあった自宅と田畑、農機具を津波に流されたが、避難生活の中で野菜作りの血が騒ぎ出した。自らクワを握り種をまいた▼「大学の先生も農協も、塩が入ったからだめだと言ってたけど、こっちは十五歳からやってんだから。塩分だって試験管で調べなくてもなめりゃ分かるんだ」。地に足が着いている人は強い▼西日本を横断した台風は温帯低気圧になり、北海道にも大雨を降らせた。きのう間違って熱帯低気圧と書いてしまった。八十一歳の熱さに影響されたわけではもちろんない。お恥ずかしい。