山伏の厳しい山岳修行で知られる修験道は明治政府に禁止され、熊野に本拠を置く修験道が復興したのはつい二十数年前のことだ。和歌山県の那智から、熊野本宮まで約三十八キロの熊野古道を十一時間かけて踏破する「春峰」に、二百人前後が参加するようになった▼本紙に連載されたフォトジャーナリストの藤田庄市さんの『大峰・熊野 修験の道をゆく』によると、参加者のうち山伏は二十人ほど。団塊の世代や子育てを終えた女性の参加者が増えているという▼自然の中の厳しい修行を通じ、自分を見つめ直したいと願う人が多いのだろうか。現代人を引きつける多くの霊場を宿すその紀伊山地に、台風12号による大きな被害が集中した▼記録的な豪雨に見舞われた和歌山、奈良県などの死者・行方不明者は計九十人を超えた。犠牲者が出た中には、自治体が避難勧告を出していない地域もあった▼道路が寸断された集落にはまだ多くの住民が孤立し、救助活動は困難を極めている。世界遺産になっている熊野那智大社では裏山が崩れ本殿の一部が土砂で埋まった。奈良県吉野町の金峯山寺では、国宝の本堂の一部が強風で飛ばされた▼台風は熱帯低気圧になったが、東北や北海道で豪雨が予想される。古来、神仏が宿ると畏敬した荒ぶる自然を前に、人間があまりにも無力であることをまたしても思い知らされている。