HTTP/1.1 200 OK Connection: close Date: Sun, 04 Sep 2011 22:08:43 GMT Server: Apache/2 Accept-Ranges: bytes Content-Type: text/html Age: 0 東京新聞:週のはじめに考える 漂流する“樽舟政治”:社説・コラム(TOKYO Web)
東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社説・コラム > 社説一覧 > 記事

ここから本文

【社説】

週のはじめに考える 漂流する“樽舟政治”

 東日本大震災と原発事故に続く政治的混乱は、明治維新以来の“樽(たる)舟”に乗った日本の姿をさらけ出しました。今度こそ脱却しなければなりません。

 坂本竜馬が勝海舟に「ワシントン(初代米大統領)の子孫は、いま何しているんだろう」と尋ね、勝が「いまどこにいるか、誰も知らない」と答えました。それを聞いただけで、竜馬はアメリカ合衆国の成り立ちをはっきり理解したといいます。

 幕末期のよく知られたエピソードです。

 ◆国会議員の2割は世襲

 「竜馬は『ワシントンは偉い。アメリカは偉大な国だ』と直感した」という哲学者の鶴見俊輔さんは米ハーバード大卒ですが、その前の学歴は小学校卒だけです。しかし在米中「なぜ小学校だけ?」と問われたことはないそうです。

 現に有する能力や見識以外にはさしたる意味を認めない社会の雰囲気を伝えています。

 これに対し日本では、国会の議席の二割を世襲議員が占め、「政治家の家系」に連なる総理大臣が短期間に五代も続きました。「松下政経塾出身」という新たな政治家ブランドも誕生しました。

 長い間続いた自民党の政治が行き詰まり、代わって登場した民主党の政権も破綻しかけて日本は漂流しています。鶴見さんから見れば“樽舟の漂流”です。

 鶴見さんによると、明治期の指導者は世界の荒波から避難しようと新国家づくりを急ぎましたが、自分たちが新たな権威になってしまい、出来たのは樽の中のような社会でした。「個」より集団の調和や序列にこだわり、仲間だけが寄り添って生きる世界です。

 この樽舟では樽の上空は見えても広い海原や水平線を見渡せず、荒波には耐えられません。そこで生まれたのが自分に都合の悪い結果は想定外とする論法です。

 ◆生かされなかった教訓

 欧米列強の目が日本以外の地域に向いているうちは樽舟でもなんとか航海できたのですが、太平洋戦争では大きな波に見舞われました。その時の教訓はまったく生かされていなかったことが3・11ではっきりしました。

 十メートルを超える津波は来ないという「想定」は、「戦艦大和は沈まない」「起きては困ることは起きないこととする」という、あの戦争を主導した高級軍人のそれと同じです。

 原発の安全神話にあぐらをかいていた原子力村住民の怠慢は、砲撃戦を前提に主甲板や砲塔を頑丈に作ったものの、弱い船腹に対する魚雷攻撃であっさり沈んだ大和の最期を想起させます。

 「想定外」という言葉は「無責任」の代名詞です。当事者はいまだに樽の中だけで通じる論理や思考で事に当たっていたのです。

 「国体護持」を叫び終戦に抵抗した軍人と、「企業の国際競争力維持」を盾に脱原発依存を牽制(けんせい)する経済人が重なって見えます。どちらにも「国民の安全」の視点がないからです。

 がれきが残る被災地の光景は、米軍の空襲による焼け野原を連想させます。しかし、長い戦争が終わった安堵(あんど)感、解放感のもたらした復興への希望があった当時と違って、いま被災者の胸にあるのは不安ばかりでしょう。

 これほどの国難に際しても与野党は政争に明け暮れています。

 自民党は与党時代の政策失敗を棚に上げて政府の足を引っ張ります。民主党の代表選における議論も、その後の新体制づくりも内向きの姿勢が目立ちました。まさに樽の中の政治です。

 世論調査では、多くの国民が政治に愛想をつかしています。

 新しい内閣は、国民の信頼を取り戻し、財政再建という積年の課題に加えて震災復興、事故原発の処理、エネルギー政策の転換という重い課題を担うのです。

 それには民主党の党内事情はもとより、政治家や官僚といった狭い世界の論理を超越し、広い視野で国民本位の政治に取り組むことが欠かせません。

 政治をそう仕向けるには、国民一人一人が個人としてもっと自立する必要があります。政府、議員に丸投げでは主権者として無責任です。政治家を軽蔑しているだけでは政治は変わりません。

 国民が主体的な意識、意見を持ち、政治を常に監視しコントロールすれば日本の民主主義は活性化し、政治が生き返るでしょう。

 ◆終わりではなく始まり

 野田佳彦新首相の誕生で政治が一応落ち着きを取り戻すかのように受け止められ、社会的緊張が消えつつあるように見えます。しかし、原発事故は収束への展望が描けず、被災地の復興、被災者の生活再建も道はるかです。

 まだ終わりではなく、これから長い戦いが始まるのです。

 

この記事を印刷する

PR情報





おすすめサイト

ads by adingo