一九七〇年、ヨルダン内戦収拾のためのアラブ首脳会議。激高したその人は卓上に拳銃を置き、ヨルダン国王に退位を迫った。それを見て、当時のエジプト大統領ナセルは、こうたしなめたそうだ。「君には医者が要る」▼リビアの最高指導者、否、最高指導者だったカダフィ大佐の逸話だ。「アラブの英雄」ナセルに憧れ、その行動をなぞるようにして、まだ二十七歳の時、クーデターで国王を追放。以来、四十二年にわたり強権支配を続けてきた▼だが、外国も加勢した反体制派の攻勢に屈し、ついに体制終焉(しゅうえん)の時を迎えたようだ。既に新政権樹立に向けた動きも始まった。今後も混乱は予想されるが、長年、抑圧されてきた民衆が解放の喜びに沸くのは当然だろう▼ナセルの言ではないが、とにかく奇矯な言動で知られた独裁者。それが今は、首都の居住区からも逃げだし、行方知れず。あるいはけがでもして、本当に「医者が要る」状態でどこかに潜んでいるのかもしれない▼ところで、ある業界の不祥事のニュースを見て、わが社は大丈夫かと一番心配するのは同業者だろう。その伝でいけば、イラク、チュニジア、エジプト、リビアと独裁体制の崩壊が続くのを見て、一番不安なのも独裁者のはずだ▼確かに今度も中東の話。だが“同業者”の末路には違いない。さて、あの「将軍様」は今、どんな心持ちだろう。