同じ、<作る者の愛着>として、小説家にとっての原稿用紙と、農民にとっての土を、比べて語った文章が、坂口安吾にある▼農民にとっての土とは<自分の年々の歴史のみではなく、父母の、その又父母の、遠い祖先の歴史まで同じ土にこもっているのであるから…原稿用紙と私との関係などよりはるかに深刻なものに相違ない>(『土の中からの話』)▼福島第一原発周辺の放射線量が極めて高い地域について、政府が、警戒区域指定解除の検討対象としない方針を固めたのだという。原子炉の冷温停止が実現し、除染を進めてもなお、長期間、人が住めなくなる地域が残りそうだと認めたことになる▼国が買い取りや借り上げを検討するというが、農民はもとより、そうでない人だって家族や自分が生まれ、育ち、生きてきた<歴史>のこもった土地だ。既に避難生活にあるが、今後も長く引き離され、事実上、故郷を失う人が出てくるとすれば、その無念、察してあまりある▼ギリシャ神話に登場する巨人アルキュオネウスは、生まれた土地で戦っているうちは不死。ヘラクレスに矢で射られても大地に接すると回復した。結局、ヘラクレスは彼を生地の外へ引き出すまで倒せなかった▼確かに、守られているような感覚もある人と故郷の絆だ。それを無理やりに断つ…。「安全な原発」の罪深さを、あらためて思う。