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毎週のように乗っても、離着陸の時は平静でいられない。飛行機が苦手な向田邦子さんは、空の旅となると縁起を担ぎ、乱雑な部屋から出かけた。下手に片付けると「万一のことがあったとき、『やっぱりムシが知らせたんだね』などと言われそうで」(ヒコーキ)▼この一文が出て3カ月後、彼女は台湾で万一に遭う。51歳の急逝から30年が過ぎた。妹の和子さんによると、部屋はいつになく整理されていた。人気脚本家が随筆や小説で輝き始めて5年、直木賞の翌年だった▼生涯は昭和で完結した。戦争から平和、経済大国へ。激動下の日常を素材に、女と男、家族の機微をすっきりした筆致で描いた。己を笑う強さと優しさは時代を超えて愛される▼小さな幸せを書かせたら独壇場だ。「私の場合、七色とんがらしを振ったおみおつけなどを頂いていて、プツンと麻の実を噛(か)み当てると、何かいいことでもありそうで機嫌がよくなるのである」(七色とんがらし)。ささやかな起伏を捉え、味わう感性は「昭和限り」だろうか▼多磨霊園を訪ねた。本をかたどった墓碑に〈花ひらき はな香る 花こぼれ なほ薫る〉。森繁久弥さんによる慟哭(どうこく)の筆だ。あでやかな花の前で香煙がゆれる。ツクツクボウシが鳴いていた▼いま、こぼれた花の大きさが恨めしい。向田流の変哲もない泣き笑いが、どうにも恋しい震災後である。何から逃げるというのではなく、日々ちょっとしたことを抱きしめ、明日の糧にする。そんな生き方もある。