涼風に吹かれ水面を滑る楽しい舟遊びが暗転した。夏の季節に最適のレジャーも、安全がおざなりだと、悲劇が繰り返される。運航する側は責任を再認識しなければならない。
十七日午後、浜松市の天竜川で遠州天竜舟下りの遊覧船が転覆した。転覆したのは、三隻が連なって運航していたうち真ん中の一隻で、乗客らの大半は救助されたものの、調べが進むにつれ死者も確認された。
諏訪湖を水源に遠州灘に注ぐ天竜川は、長野、静岡両県をまたぎ流れる。川沿いに中部山岳地帯の険しい地形や緑、時には岩場の急流、時には水量豊かな大河らしい景観が楽しめる。「舟下り」と呼ぶ遊覧船の運航が、両県とも観光の大きな目玉だ。
しかし、天竜川は河川整備が進んだとはいえ、かつては「暴れ天竜」と呼ばれた通り、川の途中には難所が今でも多く残る。
長野県側の中流部に当たる飯田市内の同川で二〇〇三年五月と一九八七年五月の二回、今回とは別の会社運航の川下り舟がいずれも転覆、〇三年には京都府の中学校生徒らが負傷、八七年には死者も出ている。
国土交通省運輸安全委員会が船舶事故調査官を派遣した。原因の確定は、その結果を待ちたいが、転覆した遊覧船の運航会社は過去の事故から学ぶことはなかったのか。
まず、川の流れや水中の岩など船の航路の状況を事前に十分に把握していたのか。増水期と渇水期では川の水位、水面下の岩場の様子も大きく異なる。
一番重要な救命胴衣は乗客の数に見合う数が用意され、乗船に際して大人、子供を問わず着用の指導はなされていたのか。子供に着用義務があり、大人にはなかったというが、それでは安全責任が不十分ではなかったか。着けない方が楽だからといってそれがサービスであるはずもない。
船頭の教育・訓練に問題はなかったか。新人の船頭にはベテランを組み合わせるなどの配慮はなされていたか。乗客は船に乗ってしまえば、水の上では船頭任せといっても過言ではない。
多数の乗客を扱う交通機関を運行する事業者は、万一を想定して安全に細心の注意を払うのが、最大の課せられた義務である。とくに川や海を航行する船で事故が起きればただちに人命にかかわる。ことは天竜川であった孤立した惨事ではない。
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