HTTP/1.0 200 OK Server: Apache/2 Content-Length: 19702 Content-Type: text/html ETag: "2940e-478b-c3abc480" Cache-Control: max-age=5 Expires: Mon, 08 Aug 2011 03:21:10 GMT Date: Mon, 08 Aug 2011 03:21:05 GMT Connection: close asahi.com(朝日新聞社):天声人語
現在位置:
  1. asahi.com
  2. 天声人語

天声人語

Astandなら過去の朝日新聞天声人語が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)

2011年8月8日(月)付

印刷

 きょうは日本の民俗学の父とされる柳田国男の命日。名高い「遠野物語」に、津波で死んだ妻の霊に、夫が夜の三陸の渚(なぎさ)で出会う話がある。名を呼ぶと振り返って、にこと笑った。だが妻は2人連れで、やはり津波で死んだ人と今は夫婦でいると言う▼「子どもは可愛くはないのか」と問うと、妻は少し顔色を変えて泣いた。そして足早に立ち去り見えなくなってしまう。珠玉の短章だが、怪異な伝承に投影された、生身の人間の切なさを思えば胸がつまる▼柳田は三陸海岸をよく歩きもした。ある集落では、明治の津波に襲われた夜、助かった人は薪を盛大に焚(た)いたそうだ。闇に燃える火を目印に、呑(の)まれた海から泳ぎ着いた者が何人もいたなどと、見聞きした話を別の著作に書き留めている▼時は流れて、平成の大津波の犠牲者にはこの夏が新盆となる。救援の火ならぬ、霊を迎える火が方々で焚かれよう。門火(かどび)、精霊流し、茄子(なす)の牛。帰省しての一族再会。迎え火から送り火までの数日は、日本人の情念が最も深まるときだ▼人の生も、人の死も、自然や共同体という、人を包んでくれる世界の中でこそ完結する。しかし近年はそれを壊し、つながりを断ち切る方向にアクセルを踏んできた。その功と罪を、震災後の夏はあらためて問いかけてくる▼「遠野物語」に戻れば、妻の霊を見失って帰った夫はその後久しく煩(わずら)った、と一話は結ばれる。時代は移っても、人の心は変わらない。かなしさの中に、汲(く)むべきものが見えている。

PR情報