中国で二十三日、高速鉄道の車両同士が追突する事故が起き、一部車両が高架橋から転落し多数の死傷者が出た。建設と速度の両面でスピードを追求した高速鉄道には安全性への懸念が出ていた。
事故を起こした車両と同型の「和諧(調和)号」に乗車したことがある。車内は開発のベースになった東北新幹線の「はやて」そっくり。速度表示がぐんぐん上昇すると、子どもたちが歓声を上げた。それが一瞬にして地獄絵図と化したかと思うと、胸が痛む。
中国の高速鉄道整備は二〇〇五年に始まったが、金融危機対策の投資拡大で加速度がついた。わずか六年で総延長は約一万キロに達し、二〇年には一万六千キロまで延ばすという野心的な計画だ。
鉄道開発には日本や欧州から支援を受けたが、その後は「独自に発展させた」国産の技術と強弁し、六月に開業した北京−上海間の高速鉄道は、試験走行で時速四八六・一キロを記録した。
「世界最速」を売りものに米国や東南アジア、アフリカなど世界に売り込みを図る。米国などで特許申請の準備も進め、技術を供与した各国の反発も買っている。
しかし、先月には鉄道省の元高官が中国独自の高速化技術はなく、海外から導入した鉄道の規定速度を無視したにすぎないと内部告発した。世界最速を目指した劉志軍前鉄道相は二月に汚職疑惑で解任され、後任の鉄道相は最高速度を引き下げる方針を示した。
今回は車両同士が追突する高速鉄道では異例の事故で、信号や列車運行の制御システムが確立していなかった可能性が指摘されている。開業したばかりの北京−上海間の高速鉄道でも運行トラブルが続いている。世界一にこだわるあまり、安全性を軽視したのではないかとのそしりは免れまい。
中国の海外ビジネスは大きな痛手を被ったが、事故原因を徹底的に究明し、それを内外に公開することが唯一の信用回復の道だ。
胡錦濤政権は速度至上の経済成長路線を転換し発展の質を問う和諧社会の建設を目指している。しかし、事故車両のゆがんだ和諧の文字が象徴するように、その内実に疑問符が付いた。
来年の党十八回大会の人事にも波紋が広がる。鉄道を所管する張徳江副首相は最高指導部入りが有力とされるが、後ろ盾の江沢民前総書記の重病説もあり前途に影が差した。それは指導部の構成にも影響を与える可能性がある。
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