「メディア王」マードック系大衆紙をめぐる盗聴事件が英政府を揺さぶっている。マードック氏自身も英議会で釈明を余儀なくされたが、波紋が収まる気配はない。真相の全容解明が急がれる。
発端は、今月初め明らかになった大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」による誘拐少女に対する電話盗聴事件だ。ほぼ十年前に遡(さかのぼ)る事件だが、誘拐後に死亡した少女の携帯電話に不正にアクセスし、伝言メッセージを特ダネとして報じた上、情報を消去したとされる。家族には少女が生存している期待を与える結果となった。
今回の事件は、二〇〇六年に発覚した盗聴劇の再演にも映る。同じ大衆紙が英王室の携帯を盗聴し、その情報をもとに皇族の醜聞を報じた。記者と情報提供者計二人が逮捕され、下院で関係者の聴取が行われた。対象者の携帯電話の個人識別番号を割り出し、伝言を引き出す方法も同じだった。
衝撃的だったのは今回、盗聴が一部公人にとどまらず一般市民にまで及んでいた事実だ。内外批判が沸騰し、大衆紙が即時廃刊に追い込まれたのも当然だ。
英主要紙、民放テレビも傘下に収めるマードック氏の政界への影響力は絶大とされる。不透明な関係も次々明らかになっている。大衆紙の元編集幹部が、キャメロン政権発足後、一時首相報道官として政権入りしていた。また、別の編集幹部が、ロンドン警視庁の顧問に就任していた。責任を問われて、ロンドン警視総監ら幹部が辞任する騒ぎに発展している。
盗聴は、米中枢同時テロの被害者の遺族に対しても行われたとされ米当局が捜査を開始している。
米ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)、FOXテレビなど米メディアも配下に持つニューズ・コーポレーションのトップとして世界的な影響力を持つだけに捜査の波紋は計り知れない。
大衆受けのためには手段を選ばないマードック氏の経営手法には毀誉褒貶(きよほうへん)が絶えない。一方で、高級紙WSJ買収にマードック氏を駆り立てたのは、一流紙を支配したい新聞人としての憧れだったともいわれる。ネット全盛の時代に、紙媒体の新しいあり方を探るパイオニアとしての評価もある。
仮にそうであれば、傘下のメディアが報道倫理の基本を踏みにじる行為をかくも長期間繰り返すに至った真相を、自らも明らかにする義務があろう。
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