博多と直方の間を結ぶJR九州の特急列車の名前は「かいおう」。ご想像通り、福岡県直方市出身の大関魁皇にちなんで付けられた。個人の名前が使われるのは珍しく、絶大な人気がよく分かる▼元横綱千代の富士が持っていた史上最多の通算勝ち星を抜き、さらにもう一つ千四十七まで白星を重ねたところで、魁皇は二十三年間の現役生活に終止符を打った。長い間、本当にお疲れさまと声を掛けたい▼優しくて力持ち。「お相撲さん」という言葉がこれほど似合う力士はいなかった。若貴兄弟や曙と同期生。綱を張った彼らがとっくに土俵を去った後も満身創痍(そうい)の中、黙々と不祥事の続く角界を支えた▼もともと相撲は好きではなく、相撲教習所の卒業式の日に脱走し、すぐに連れ戻されたエピソードは有名だ。そんな少年が、記録にも記憶にも残る名大関になるのだから、人生は愉快だ▼「これまでさんざん引き際を逃してきて、これが本当に最後の引き際かなと思って決めた」と引退会見で語った言葉も魁皇らしい。引き際を逃したからこそ、塗り替えられた記録がある。強さの中にあるもろさも併せて、相撲ファンに愛された力士だった▼横綱と大関に日本人が不在になるのは十八年ぶりになるが、関脇琴奨菊がきのう、全勝の横綱白鵬を破り、大関とりに大きく前進した。老兵が去った後は、若い芽が伸びてゆく。