大きな本堂ごと流された寺。石段だけ残して鳥居も社務所も消えた神社…。東日本大震災の被災地には、無残に破壊された寺院や神社が数多くある▼追悼、鎮魂を担う宗教施設の壊滅的な被害。日本記者クラブで先日、会見した芥川賞作家で、僧侶の玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)さん(福島県三春町在住)は「檀家(だんか)や氏子もいなくなった。何らかの援助がなければ立ち直れない」と被災地の惨状を憂う▼いま何が欲しいですかと問われると、先祖の位牌(いはい)が欲しいと答える。義援金が出たら、葬式をやりたいと答える。都会では薄れてしまった信仰心が東北人には残っている、と玄侑さんは言う▼寺院や神社が再建されなければ地域の再生も遠い。そんな思いから、玄侑さんは委員を務める復興構想会議の提言に、被災した神社仏閣や教会への支援を盛り込むよう訴えた。憲法違反との疑念が出され、実現しなかったことが心残りだという▼福島県内の自殺者は前年四〜六月比で20%増えた。原発事故以外の原因は考えにくい。玄侑さんは「仏教の無常観は、最悪の状態はいつまでも続かないと、明るい方向にも作用する」と語る。人がどん底から立ち直るための知恵の深さを感じさせる▼しかし、気が遠くなるほど半減期の長い放射性物質は将来への希望を押しつぶしてしまう。制御できない恐ろしい力を人類は手にしてしまったとつくづく思う。