「あまり知られていないんですけどね…」。福島県南相馬市のタクシー運転手が、福島第一原発から半径二十キロの警戒区域内で、留守宅を荒らす窃盗グループの存在を教えてくれた▼仕事を再開するまでの数カ月間、昼間はボランティアをしていたが、夜は警戒区域などを回る「自警団」に参加していた。住民が避難した留守宅からテレビなどを持ち去っていく空き巣の被害が相次いだためだ▼主要な道路には警察が検問所を設け立ち入りを制限しているのに、福島ナンバー以外の車がどこからともなく現れる。窃盗団はナビゲーションを活用し、地元の人でもよく知らない林道を通って警戒区域に入ってくるらしい▼避難住民の一時帰宅が進むにつれ、盗みの被害が相次いで確認された。自警団といっても、不審な車のナンバーを控え通報するぐらいしかできず、運転手の男性は悔しそうだった▼大災害に見舞われても、落ち着いて行動した被災者のモラルの高さが海外で称賛される一方、原発周辺では火事場泥棒的な犯罪が多発していた。どちらもこの国の現実である▼東日本大震災の発生から四カ月になった。内閣府の原子力委員会が検討している中長期の工程表によると、福島第一原発の廃炉まで数十年単位の歳月が必要だという。四カ月といっても、故郷を離れている住民にとって、苦悩の道程は始まったばかりだ。