タイの総選挙で、タクシン元首相の妹インラック氏(44)を首相候補とする野党タイ貢献党が勝利した。元首相支持派と反タクシン派の対立が続いただけに、国民和解を着実に進めることが重要だ。
「選挙結果は、党の勝利でなく国民の勝利だ」。八月の国会でタイ初の女性首相に選ばれることが確実になったインラック氏は、こう強調した。その言葉通り、根深い国内対立を超えて政治を安定させ、国民和解への第一歩を踏み出すことに全力を挙げてほしい。
二〇〇六年のクーデターと〇八年の憲法裁判所による解党命令などで、反タクシン派は二度にわたり総選挙の結果を力でくつがえしてきた。二年半ぶりに政権を奪還したタクシン派は報復行動に走らず、国民、政党、軍も民主的な選挙結果を尊重してほしい。
民主党党首のアピシット首相が「タイ社会の和解を見届けたい」といさぎよく敗北を認め、国民和解に協力する姿勢を表明したことは評価したい。インラック氏は元首相の妹とはいえ、政治手腕は未知数だ。元首相のあやつり人形という批判をはね返し、企業経営の経験を生かして、国民の間の亀裂修復や格差解消、物価高騰などの難問に取り組んでほしい。
タイ貢献党の勝因は、タクシン政権時代に歓迎された、農村を中心とする低所得層向けの福祉政策や地方振興策が支持されたことが大きい。国民和解や汚職撲滅などで、目立った成果を上げられない民主党に失望した都市部の無党派層の取り込みにも成功した。
タイ政局が安定するかどうかのカギを握るのはタクシン氏の動向だ。アラブ首長国連邦(UAE)に滞在する元首相は「国民は和解を望んでいる。われわれは報復はしない」と語った。貢献党の勝利を強引に復権に利用すれば、両派の対立が再燃する可能性がある。自身の恩赦や帰国などについて、アピシット首相が設置した第三者機関の決定を尊重し、対立の火種とならないようふるまってほしい。
都市と農村の格差に根差す国民の亀裂は、東南アジア諸国や中国も抱える問題だ。東南アジアの大国であるタイが、選挙結果を受けて国民和解にどう取り組むのか、各国も注目している。
昨年のタクシン派の反政府デモで日系企業に五億バーツ(約十四億円)の被害が出た。タイにとって日本は貿易、投資額などでトップの関係だ。日本にも影響があるタイ政治の安定を期待したい。
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