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英国の詩人バイロンに、大層な音楽賛歌がある。〈「美」の娘らの中にあっても/おまえのように奇(く)しき力をもつものはないであろう〉。こう始まる「音楽に寄せて」(阿部知二訳)だ▼詩人の孫娘が愛したバイオリンが、英国のネット競売で空前の約13億円をつけた。日本音楽財団蔵の1721年製ストラディバリウスで、銘は「レディー・ブラント」。未使用に近い状態が買われたらしい。古くも新しい、奇しき力である▼イタリアの弦楽器職人、アントニオ・ストラディバリ(1644〜1737)の作は約600丁が現存する。300年の時が熟成した高音は輝き、低音は温かく、豊かな倍音はコーラスにも例えられる。演奏家の憧れだ▼千住真理子さんは9年前、億の借金をしてスイスの富豪から名器を手に入れた。試奏して生き物の存在を感じたと語る。「小手先の技術は通じない。狙った音がなかなか出ず、これまで演奏してきた音楽は無いも同じと覚悟しました」。それほどの転機だった▼日本音楽財団は約20丁を所有し、奏者に貸与している。虎の子の売却収入は、東北地方の祭りや伝統芸能の再生に使われるそうだ。「非常時だからこそ一番いいものを出した」という▼冒頭の詩からもう一節。〈その時、音に魅せられた大洋は鳴りをひそめ/浪(なみ)はしずまりきらめきわたり/風は凪(な)ぎ、夢みながらまどろむ〉。「貴婦人」は海のかなたに去っても、遺産は被災地の文化を支え続ける。万物を鎮める残響に期待したい。