B型肝炎集団訴訟は、原告、国双方による和解の基本合意書の調印で事実上終結した。厚生労働省は集団感染が防止できなかった点を反省し、予防接種行政の改善・強化を図ってもらいたい。
調印式のあと菅直人首相と細川律夫厚生労働相は、予防接種の際の注射器の使い回しが原因で、B型肝炎ウイルス(HBV)感染の発生と拡大が防げなかったことを「国の責任」として率直に認め、原告に謝罪した。
当面の大きな課題は、感染者へ支払う和解金を、国家財政の中からどう捻出するかだ。和解金は未提訴者を含む感染者四十数万人に対し、今後三十年間で三・二兆円に達するとみられる。
政府は東日本大震災、社会保障改革と同様に、増税で対処する考えとみられるが、感染被害者は「私たちのせいで増税」といわれることを危惧している。
国は財源について十分に検討すべきだが、予防接種で多くの国民が重い感染症を免れた半面、その陰で一部の国民が運悪くHBVに感染したことを思えば、最終的には国民全体で負担を分かち合う必要があるかもしれない。
基本合意書では、肝炎医療の体制整備などとともに、感染被害が拡大した経緯を検証する第三者委員会の設置も盛り込んだ。一九四八年の予防接種法施行以来、なぜ八八年まで注射器の使い回しが行われたのか、途中で危険性が指摘されていたのを受けてやめることはできなかったのか。こうした点はぜひ明らかにしてもらいたい。
懸念されるのは、予防接種をめぐる今回の訴訟が、厚労省を萎縮させ、ただでさえ遅れているわが国の予防接種行政をさらに遅らせはしないかということだ。
九〇年代初めの予防接種による副作用問題をきっかけに予防接種法が改正され、他の先進国と反対に国が責任を持つ「法定接種」が大幅に減らされた。この結果、乳幼児を細菌性髄膜炎から守るヒブワクチン、小児肺炎球菌ワクチンなど世界保健機関(WHO)が推奨し、先進国では法定接種の重要なワクチンが「任意接種」というお寒い状況が続いている。厚労省が新たな訴訟を恐れて消極的になっているからだ。それは原告の望むところではないだろう。
幸いわが国の予防接種体制の見直しを求める声は高まっている。訴訟終結を前向きにとらえ、国民の健康維持に必要なワクチン接種を国の責任で行う強固な体制の構築に生かすことが求められる。
この記事を印刷する