福島原発事故で避難を強いられた住民の精神的苦痛がいくらになるのか国が賠償の目安を示した。交通事故の慰謝料が参考とされたが釈然としない。被害者が納得できるよう説明を尽くすべきだ。
原発事故に伴う損害賠償の指針づくりをしている国の原子力損害賠償紛争審査会は、被害者の精神的損害について一人当たり月額十万円を賠償の目安と決めた。
国の指示で避難した人が対象となる。体育館や公民館といった避難所で生活する人はプライバシーが侵害されたり、不便を被ったりして苦痛が大きいとみて二万円を上乗せする。
しかし、これは事故が発生してから半年間の金額だ。六カ月を過ぎれば仮設住宅に入れたり、避難先の環境に適応したりして苦痛は和らぐ。審査会はそう考えて、その後の半年間は宿泊場所を問わず一律五万円が妥当とした。
この基準額の十万円はどう導き出されたのか。交通事故でけがをして入院すれば、一人につき日額四千二百円の慰謝料が支払われる。月額だと十二万円余り。自動車損害賠償責任(自賠責)保険を参考にしたというわけだ。
前代未聞の原発事故だ。被害者の心の痛みをどう埋め合わせるのか。審査会は地滑りや水害、大気汚染などの訴訟事例を検討し、自賠責を基に指針をつくった。
被害者からはすぐに疑問の声が上がった。アパートよりも体育館の慰謝料が高いのはおかしい、避難が長引くほど精神的な苦痛は募るはずだ、そして、故郷を失ったのに自賠責方式での対応は承服できない、といった具合だ。
被害者は家も職も失い、人生設計が破綻した人も多いだろう。放射線被ばくによる健康不安にもさいなまれている。
指針は分かりやすい形で賠償金の迅速な支払いを促すためのもので、異論が出てもやむを得ない面もある。だが、前例のない事態だからこそ審査会は被害者の実情をくみ取り、丁寧に説明すべきだ。
被害の広がりは精神的なものから身体的、経済的なものまで想像を超える。国の指針のみでは東京電力との賠償交渉が円滑に運ぶとは限らない。けれども、時間も費用もかかる法廷に争いが持ち込まれては被害者には重荷だ。
裁判になる前にトラブルを処理し、問題の決着を図るのに裁判外紛争解決手続き(ADR)を活用したい。被害者が法廷闘争にとらわれることなく人生の再建に専念できるようにしたい。
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