HTTP/1.1 200 OK Date: Thu, 23 Jun 2011 20:11:10 GMT Server: Apache/2 Accept-Ranges: bytes Content-Type: text/html Connection: close Age: 0 東京新聞:毎年六月二十三日になると、思い出す人がいる。沖縄戦を戦った…:社説・コラム(TOKYO Web)
東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。

トップ > 社説・コラム > 筆洗 > 記事

ここから本文

【コラム】

筆洗

2011年6月23日

 毎年六月二十三日になると、思い出す人がいる。沖縄戦を戦った元陸軍伍長の近藤一さんだ。所属した歩兵大隊は、約千二百人の九割以上が戦死した▼戦闘に巻き込まれた住民や兵士のおびただしい数の死体を見た。ちぎれた頭や手足があちこちに散らばっていた。部隊壊滅後の「万歳突撃」に失敗して捕虜になった▼住民を壕(ごう)から追い出したり、虐殺したりした日本兵がいたとは信じられなかった。「すべての兵士が悪かったのではない」と定年後、体験を語り始めた。「捨て石」にされた怒りを口にすると、自らの体験を直視せざるを得なくなった。中国大陸で何をしてきたのか▼初年兵がまず命じられたのは、中国人を銃剣で刺し殺す訓練だ。十人並ばせ、小銃一発で何人貫通するか試したこともある。銃剣で妊婦の腹を切り裂く。老人の耳をそぎ落とす…。部隊は残虐行為を繰り返した▼戦争の犠牲者はいつも民衆だ。中国も沖縄も同じだった。「私たちが中国でしてきたことが沖縄で起きていた。地獄だった。沖縄で虫けらのように殺された兵隊が、中国では人間とは思えんことをやっていた」▼きょうは沖縄慰霊の日。住民の四人に一人が犠牲になった沖縄の地でも、戦争体験の風化に抗(あらが)うのは難しい。戦争がリアルな手触りを失った時、「戦後」は終わるのだろうか。記憶を継承する地道な営みを大切にしたい。

 

この記事を印刷する

PR情報





おすすめサイト

ads by adingo