百年前、旅の青年が南仏プロバンスの山中で一日に百粒のドングリを植えている羊飼いに出会う。兵役を終えて、五年ぶりに訪れると、荒れ果てた地は広大な林に。干上がっていた川にはせせらぎが流れ、憎しみ合っていた村人たちは穏やかに暮らしていた▼フランスの作家ジャン・ジオノが自らの体験を基にした『木を植えた男』のストーリー。青年は感嘆した。「戦争という、とほうもない破壊をもたらす人間が、ほかの場所ではこんなにも、神のみわざにもひとしい偉業をなしとげることができるとは」と▼栃木県の足尾銅山跡地に近いはげ山で、苗木を植えているボランティアたちを見た時、この物語が頭をよぎった。急斜面の山肌にはいつくばって木を植える人たちが、とても神々しく見えた▼かつては全国の産出量の四割を占めた足尾銅山は、渡良瀬川下流で深刻な鉱毒公害を起こした。採掘のために足尾の山林は根こそぎ切られ、製錬所の亜硫酸ガスや山火事により、草も木も育たない荒廃したはげ山が広がった▼国の緑化事業が始まったのは百年前だ。十五年前にはNPO法人「足尾に緑を育てる会」が植樹活動に合流し、山に少しずつ緑が戻ってきた▼破壊した自然は百年かけても元に戻らない。赤茶けた足尾のはげ山を見ながら、放射能汚染から大地がよみがえるまでの気が遠くなるような時間を思った。