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アメリカから届いたニュースに、版画家で詩人でもあった川上澄生の「初夏(はつなつ)の風」がふと浮かんだ。〈かぜとなりたや/はつなつのかぜとなりたや/かのひとのまへにはだかり/かのひとのうしろよりふく/はつなつの はつなつの/かぜとなりたや〉▼ドレス姿の女性に緑の風が吹く、大正末の名高い版画に彫られた詩である。もうお察しの方もおられよう。マリリン・モンローが映画「七年目の浮気」の名場面で着たドレスが競売にかけられ、3億7千万円で落札された▼地下鉄の通風口で派手に舞い上がる、あのドレスだ。1億円前後かと踏まれていたが、予想を超えて跳ね上がった。こちらは「初夏の風」とは趣が違い、映画の筋も後日談も、いっそう人間くさい▼映画史に残るシーンはニューヨーク中心街で撮られた。2千人の人だかりができた。だが、脚も露(あら)わな姿に元ヤンキースの強打者だった夫ディマジオは激怒する。2人は間もなく離婚した。かくて名場面は、格好の語りぐさになっていく▼作家ノーマン・メイラーがかつて述べたそうだ。「ヘミングウェイとモンロー。彼らの名前はそっとしておけ。彼らは私たちにとって、いちばん美しいアメリカ人の二人だった」と。米文学者の亀井俊介さんの著書に教わった▼ヘミングウェイが自死して今年で50年、モンローの謎の死からは来年で50年になる。ドレスを彩る驚きの値は、古き良きアメリカへの郷愁ゆえだろうか。虚実混沌(こんとん)という海に眠る、永遠の伝説である。