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軽やかな叙情とユーモアを漂わす詩人、辻征夫(ゆきお)さんの一節を紹介しよう。〈鼻と鼻が/こんなに近くにあって(こうなるともう/しあわせなんてものじゃないんだなあ)〉▼〈きみの吐く息をわたしが吸い/わたしの吐く息をきみが/吸っていたら/わたしたち/とおからず/死んでしまうのじゃないだろうか……〉。詩の題は「婚約」。2人のぴったり感がいい。だが辻さん、許されよ。無粋なわが頭には、満員電車にもまれるたびにこの一節が浮かぶ。そう、幸せなんてものじゃない▼とりわけ、湿っぽい体を押しつけ合う梅雨時は気が滅入(めい)る。気象情報会社ウェザーニューズの調査では、この時期の悩み事で、男性のトップ、女性の2位が「通勤」だった。うなずく向きは多いだろう▼いつかの声欄で、地方から東京に転居してきた人が電車内の不機嫌な空気に驚いていた。むっつり、罵声、にらみ合い――殺伐としたさまは他の投書でも散見する。そして多湿と高温は、往々にして険しい感情を増幅させる▼先日も、朝の電車で男同士がもめていた。子細は不明だが「次で降りろ」とすごんでいる。この手の人は罪深い。ざらついた不快を、周囲に長く引きずらせる▼梅雨が明ければ節電の夏が待つ。同じ釜の飯ならぬ同じ車両(ハコ)の空気を吸う同士、殺伐という酸欠状態は避けたいものだ。それにこの危機、案外と社会全体で仕事と生活のスタイルを変える好機かも知れない。汗だけでなく、禍(わざわい)転じて福となす知恵を、さあ絞ろうか。